牡丹灯籠

談春と三三でしか味わえない「凄み」と「重さ」
三遊亭圓朝の「牡丹灯籠」をリレーで語る。
2023年は一年にわたり各地で公演し、ご好評いただきました。

今回、公演会場でのみ販売しました『俺たちの圓朝を聴け!牡丹灯籠』(非売品)収録の解説や談春×三三対談の一部をご覧ください。

あらすじ

牡丹灯籠

「お露と新三郎」「お札はがし」

牛込軽子坂に飯島平左衛門という旗本があった。まことに人の器の大きな人物であったが奥方を早くに亡くし、女中の国というものを妾にしたがこれが娘のお露には面白くない。女二人の反りが合わないというので娘を業平の寮に住まわせていたがそこへ萩原新三郎という浪人が訪ねるところから物語が始まる。

お露は十七で新三郎は二十一。共に絶世の美男美女でありながらお互いに初心で身持ちが堅いが、そんな二人がお互いに一目惚れしてしまう。特にお露の惚れようは凄まじくとうとう焦がれ死にしてしまう。そんなことは思いもよらない新三郎は一部始終を二人を引き合わせた医師山本志丈から聞き、ひどく落胆し、またお露を不憫に思い線香を上げているところ、そこへお露と女中のお米が通りかかりとうとう二人は情を通じる。毎夜通ってくるお露と逢瀬を重ねるが、ある晩その様子を新三郎の持つ長屋に住んでいる白翁堂勇斎という人相見の名人に覗かれ「あの女はこの世の者ではない。調べてみろ」と言われ、事実は勇斎のいう通りお露の幽霊であった。このままでは命が危ういと、新三郎は家の窓という窓にお札を貼ったためにお露は新三郎に近づくことができない。そこで新三郎の家来同様に働いている伴蔵とおみねという夫婦者にお札をはがしてくれるようにお露が頼む。根が悪性の伴蔵とおみねは「金をくれるならお札をはがす」と申し出、お露達から金を受け取りお札をはがす。それがために萩原新三郎は落命する。

思いもかけない大金を手にした伴蔵とおみねは心底喜び、この金で生きなおすのだと江戸を打ち、伴蔵の生まれ故郷である栗橋宿へと落ちのびてゆく

「俺たちの圓朝を聴け!―牡丹灯籠 立川談春×柳家三三」より

立川談春×柳家三三

牡丹灯籠

「お札はがし」をやる三三が見たかった

三三 今回、なんで『牡丹灯籠』を選んだんですか?

談春 「お札はがし」をやってる柳家三三を見たかったんだよね。いっぱい聴かせどころがあるじゃん。新三郎の屋敷に住み込みで働く、伴蔵とおみねの夫婦関係。伴蔵の善悪、おみねの善悪。そこから発展して男の善悪、女の善悪。新三郎に恋い焦がれて、幽霊になって屋敷に通ってくるお露さんと女中のお米に、「中に入りたいから、貼ってあるお札をはがしてほしい」って頼まれて、伴蔵はすごく怖がる。

三三 そんな願いを聞いたら、霊が取り憑いて新三郎が死ぬってわかってますからね。

談春 そしたらおみねが、どうしてもってことなら百両くれって言いなよ、と伴蔵をそそのかす。それに対して、「もし、お前、百両持ってきたらどうすんだよ」って伴蔵が言うと、おみねは「はがしゃいいじゃないか」。俺はもう、この噺はこの一言をどう言うかに尽きると思ってる。あなたみたいな人はこういう悪女には引っかからないだろうなと思うけど、女はこういうときにこういう言い方をするんだなと驚くし、女はこういう切り捨て方をするというのを目の当たりにした時、男はものすごく恐怖を感じるんだよ。

三三 なるほど。

談春 小三治師匠が亡くなって、一年とちょっとでしょ? つまり、何やってもよくなったわけだよね。もちろん師匠は師匠だけど、僕はこの時代にこれをこんな風にやります、って表現できる。やっぱり師匠が実際にいなくならないと、そういうことって本気で考えないのよ。俺もそうだった。一年と少し経って、三三がどんなふうに落語に向き合うのか。その時の題材として「お札はがし」っていうのは、俺は面白いと思った。これまで柳家三三っていう人は、決して自分を追い込まない、ぎりぎりの三歩手前のとこでずっとバランスを取っていると感じてたんだよね。

三三 うーん、そうですかね?

談春 俺はそう思ってた。それが、師匠がいなくなった時にもう二歩前へ出て、そこでとりあえず守備をするのか、ぎりぎりのとこまで追いつめられたと思って汗みどろになってやるのか。あるいは僕はこのままでいいんですって同じ場所でやり続けるのか。すごく興味がある。

三三 確かに、揺れてるっていうのはあります。何年か前、自分で“ここ”って決めたところにコンパスの針を刺したんですよ。そこを中心に円が描けるし、その幅を広げようが縮めようが大丈夫だって思ってたんですけど、師匠が死んで、そもそもの針を刺す位置自体が今ちょっと不安定なのかなっていう気はしますね。

談春 悩み、苦しんだ結果、「お札はがし」がどうなるか。非常に楽しみだね。